多様な価値観こそが国を救う!|企業経営者への要請

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多様な価値観の再興

近頃しばしば電車のダイヤが乱れます。

原因に多いのは人身事故の発生です。

このことと世の中が生き辛くなっていることを結び付けて考える人が多い気がします。

生きることに悲観して鉄道自殺を図ったと考えるということです。

生きにくくなった原因は、価値の一元化が極端に進み、社会にゆとりが無くなったことが大きいでしょう。

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価値の一元化 「拝金主義」「経済至上主義」

著しい価値の一元化がその元凶です。ここでいう価値の一元化とは経済至上主義、拝金主義化です。

消えゆく清貧せいひんの思想

価値が多元的であれば、様々な生き方が肯定されます。しかしながら、拝金主義によりお金を稼ぐことが至上の価値となれば、他のあらゆるものを犠牲にすることが求められてきます。そしてお金を稼がないものは軽蔑されたり否定されたりします。例えば清貧せいひんといった思想は理解されなくなります。

「ブラック企業」もその一例ではないでしょうか。私生活を顧みずにお金を稼ぐことを至上価値として考えなければ出来ない要求をしています。

朝起きてから寝るまで、ほぼ拘束され、業務に従事せざるを得ない状況は、家族、趣味、芸術などなど人間存在にかかわる多元的な価値観が多少なりとも念頭にあれば、仕事だけで終わる時間や人生は要求されないでしょう。

個々人の価値観に基づいた多様なライフスタイルがとられるのはほんの一握りの人々だけなのが現実ではないでしょうか。

働く大多数の人が幸福とは言えない不安定な雇用環境になりつつある現代、そして平均賃金給与は下がるのに、労働環境はますます悪化しています。

誰の為に、何のために、変化しているのでしょうか。

過剰な「サービス」や「利便性」追求の余波

24時間営業・・・利便性に社会が支払う代償|貧困・ワーキングプアの原因!? にも書いたのですが、利便性の追求が、余波となって労働者に帰って来ていると考えられます。

メカニズム

若干、過激な表現ですが、図のような構造だと思います。

加害者でもある被害者

クレイマー

クレイマー(クレーマー)などは正に自分で自分を苦しめている典型です。次にクレイマーに悩まされるのは自分かも知れないのですから、不当な要求は厳に慎むべきなのです。

消費者であり、労働者でもあるという人は特に、サービスを受ける際にも、相手は自分と同じ立場にいる人で、明日は自分が相手の立場に居ると心得て臨むことです。

他人にも強いる窮屈

現代社会の雇用環境などに違和感や息苦しさを覚えている人は多いでしょう。しかしながら、日本社会の常として、依然として右へならえ的な力が暗黙のうちに働くので、自身が不本意に感じていながらも不本意に感じる価値観を、他者に強制する力として発揮してしまいます。

型破りな人間が現れ、自らも望む価値観を実現しようと無理に立ち回った場合に、応援する側に回るというよりは、自分が実現しない価値を人が実現するのを快く思わない気持ちからなのか、意識的であるかないかは別として、足を引っ張ったり、排除する方向に働きます。

感情があなたの利益を遠ざける の中で触れたように、自分の利益に反するにもかかわらず、自分の価値と同じものを実現しようとする人の阻害要因になろうとしてしまいがちなのです。

多元的な、多様な価値観の再興

効率を求めて追い立てられないためには、多元的な、多様な価値観を認めていくことが必要です。そうは言っても、多元的な価値観は、異端児として存在できるという意味合いではなく、多元的な価値観が有機的に結びついて一つの本流を形成することが大切です。

企業経営者の使命

この実現の第一歩を踏み出せるのは、各々が一国一城の主である企業経営者です。拝金主義且つ効率主義に支配された現代社会では企業継続すら大変なことでしょう。しかしながら、現代社会の病理を変えて行かれるのは、個々の城主たる経営者です。

従業員らにできることと言えば、企業の、会社の仕組みや体制作りに関与できる一部の人を除けば、先述のように他者の足を引っ張らないことくらいでしょう。

社内の従業員を含め、世間一般が楽しく暮らして行かれる世の中の実現なくしては持続可能で良好な経済活動は難しいはずです。

経済活動は人間の生活の一部分にすぎないということを再認識し、経済活動に携わりながらも、様々な価値を享受したいものです。

引いてはそのことが社会の健全化、経済の健全化に繋がり、持続可能で良好な経済活動も可能になるのです。さもないといずれは社会そのものが崩壊し、無秩序な状態、混沌状態カオスを迎えてしまうことでしょう。

社会のほころびは、既に随所に見られているのではないでしょうか。