仕事は金儲けではない!

仕事とは最高価値の提供
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仕事と金儲けは違う

あなたも仕事とはお金を稼ぐことだと思っておられるでしょうか。仕事とお金を稼ぐこととは無関係ではないが別物です。

無償で行われる仕事

次のような状況を想像してください。

飛行機に乗っている時に、急病人が出た、その時、たまたま乗り合わせた医師が、手当をした。その医師は特に報酬を受け取らなかった。

この時、医師は仕事をしたと言わないでしょうか。これは例外的な場合なのでしょうか。

知るものだけが提供できる仕事

「そばもん」という蕎麦職人の漫画があります。この漫画のひとつの話が仕事の本質を伝えてくれると思います。

繁華街で深夜営業している老舗の蕎麦屋が有ります。この蕎麦屋では深夜になると水商売を営む人々が訪れては、舞台は冬なので、温かい蕎麦を注文しています。彼らは仕事を終わって訪れるので、商売柄たくさんのお酒を飲んでいます。寒い時季ですから、温かい蕎麦は体が温まり、お客たちは汁を全て飲み干します。これは蕎麦職人冥利みょうりに尽きるでしょう。

職人の気づき

しかし、この店主はそこに留まらなかったのです。大量にアルコールを摂取した後に、味の濃い蕎麦汁を飲み干している姿を見て、水商売を営むお客達の健康を案じます。飲んでも体を害さない蕎麦の提供を考えるのです。

一度に塩分濃度を落として薄味に仕上げると、違和感を覚えますから、徐々に味を薄くしつつ、薄い味に合うように出汁の取り方を変えていきました。こうして蕎麦を食べるには少々薄く感じるが、汁が旨くてついつい飲み干してしまう蕎麦汁が完成しました。

この蕎麦屋の店主である蕎麦職人は良い仕事をした、或は良い仕事をしていると思うのですが、いかがでしょう。職人の気づきからお客にとってより高い価値のある蕎麦の提供を実現したのです。

金儲けからすれば無駄なこと

金儲けから考えれば、全くの蛇足です。十分にお客が満足し、通ってくれている蕎麦汁の味を変える必要はないわけです。仕事と金儲けとは違うというのは、金儲けという行為からは逸脱した仕事が存在するということです。

この蕎麦職人は仕事の終了後に、試行錯誤し新しい蕎麦汁の味を研究したと描かれています。金儲けという観点から考えれば、必要のない研究ですし、むしろ汁を変えることに費用がかかります。費用といいましたが、新たに利益を生み出すわけではないのですし、現状維持のためにも必要のないお金ですから、厳密には損失と言っても良いかもしれません。

仕事とは専門家としての最高価値を提供すること

それでは、一体仕事とは何を意味するのでしょうか。

専門家として知り得る最高の価値を提供することです。そこに対価が存在する時にだけ、仕事は金儲けと繋がります。従って、儲けようとして始めるものは仕事ではありません。単なる金儲けです。

顧客に送り届けたい最高価値が存在してはじめて、仕事足り得ます。

金は有る。さあ、どうやって増やそうか。

どうすれば儲かるか。

という発想から始まるものは、専門家として提供したい最高価値がそもそも存在しませんし、意識もされません。算盤勘定でその遥か手前で価値の追求を止めてしまうからです。

先に挙げた蕎麦職人は、普段は、輸入物の安い蕎麦粉しか使えないが、年に一度、対馬の新蕎麦を提供しています。新蕎麦だけは生粉打ちでやっていました。これが最高価値に対するこだわりです。

店を続けるためには、採算に合わせなければならない。しかし、最高品質の蕎麦は提供したい。この相反する二つの価値があります。その2つを折り合わせるため、普段は輸入物の安いそば粉を使う一方で、最高品質の蕎麦、つまり蕎麦職人として提供しうる最高価値を具現化する機会を楽しみにしているのです。これが仕事です。

余談ですが、「そばもん」第3巻の前編第23話と後編第24話からなる「新そばの季節」は、蕎麦の提供への思いと新蕎麦への思いが見事に描かれていてとても感動的です。

職人だけに当てはまる話ではない

誤解しないでいただきたいのは、職人や一部の専門家(プロフェッショナル)だけに当てはまる話ではないということです。

あなたを含め、あまねく職業に従事する全ての人に当てはまることです。

例えば事務職に従事している新人を考えてみましょう。未だ知らないことも多く、人から教わることばかりかもしれません。そういう状況を含め、プロフェッショナルなのです。それは職場の先輩などに比べれば、時間もかかれば、品質が劣る作業しかできないかもしれません。それでも、でき得る最高価値を提供することが仕事です。

質の高い仕事が既にできる職人でさえも、聞けば、まだまだ先は長い、自分は道半みちなかばであり修行中の身だという言葉が返ってくるでしょう。それは仕事という観点からすれば、謙遜ではなく、真実です。

たとえ最高級の職人でも、最上級のビジネスマン(ビジネスパーソン)でも、決して完成されてはいないのです。つまり未完成。従って、未完成の新人であることが、最高級の価値を提供しない理由にはならない、況してや最高級の価値を追い求めない理由にはならないことは明白です。

制約条件は有るが最高価値を追求する

制約条件による妥協は必要としつつも、自分のでき得る最高価値の提供に努める、これが仕事です。

先述の蕎麦職人は、普段は輸入物の安い蕎麦粉に甘んじていた。それは、店のぶんというものをわきまえていると言えるでしょう。しかし、年に一度、真骨頂ともいえる対馬の新蕎麦を提供していました。

事務職の新人で言えば、自分の能力と与えられた時間、そこから生じる妥協点は必要ですが、だから好い加減な作業をして良いはずはなく、この制約された条件下から、最大価値を模索することです。

金儲けが蔓延まんえんし仕事が減ったのが現代社会の特徴と言えるでしょう。最高価値を希求する精神が鈍り、金儲け主義、拝金主義が蔓延していると感じるのは私だけではないでしょう。