体は食べたものから出来ている!
体は食べたものから出来ている。折に触れて唱えてきた言葉です。
仕事の合間に、菓子パンを
一方で、日々情報収集し、例えば植物油脂はアルツハイマーの原因になるそうだとか、化学調味料無添加とあっても、酵母エキスは化学調味料と同じようなものだとか知識を身に付け、自炊を心掛ける人々も居ます。
体は食べたものから出来ている。これは全ての人に当てはまる言葉の筈なのに、意識している人はほんの僅かで、多くの人々が意識しないのか、あまり意識しないようにしているようです。
忙しいからとか、面倒だから、お金が無いから・・・理由は様々です。中には一生懸命に働いている人、熱心に働く人、或いは仕事ができる人は満足に食事をする時間が無いものだなどと勘違いしている人まで見られます。
仕事の時間が長すぎて、食事を作る余裕が無い・・・果たしてそれで本当に良いのでしょうか。
目先の銭に気を取られ将来に大きなつけを回す
お金が無ければ生活に困るということで、長時間労働には耐える。そのせいで、食事の用意をする気力もない。
それで本当に良いのでしょうか。自分の体を維持することはお金以上に大切なことでは無いのでしょうか。
食事を
今回お伝えしたいことは、食事を
危機感の水準について喩え話をしましょう。
危機感がなさすぎる
火災になりました。一階は火の海です。あなたが二階に居るのなら、火の手が襲って来れば、窓から飛び降りることを検討するでしょう。身近に火が迫って来れば、飛び降りるかもしれません。一方で、十階に居たらどうでしょうか。飛び降りることは躊躇われるはずです。
つまり、多くの人々にとって、食事を蔑ろにすることが、危機感という観点からすると、二階から飛び降りることくらいにしか認識されていないと云うことです。実際は十階から飛び降りることを意味するのにもかかわらずです。
食べるもので肉体は維持されます。そして食べるもので、精神状態も変わってくるのです。
お金は大切かもしれないですが、口に入れるものはもっと大切です。ですから食事に対して実態に即した危機感を覚えられれば、行動は変わってくるはずです。
食事を満足に摂らないで働くのは奴隷
食事も満足に摂らず、仕事をすることに美徳を感じているとしたら大間違いです。人に使われる身であるならば、家畜同様の扱われ方です。要するにあなたの身は大切に考えられていないということです。ツケが回ってくるのはあなた自身に対してですし、それが何時かは分かりませんが、その時は必ず訪れます。
時として、致し方ない場面も有るのかもしれませんが、常態化しているとしたら大きな問題と捉えなければなりません。
待遇がどんなに良かろうとも、社畜であることは間違いないからです。回復可能な疾病であればまだましですが、当たり前の生活ができない体になるかもしれません。
その様な環境での労働を強いられているとすれば奴隷と同じであり、あなたの身のことは考えられていないということです。
気を付けたい会社が提供する食事
食の重要性を理解した企業が、社員の健康を気遣って用意する社員食堂や弁当なら良いかもしれません。
一方で、単に安価にお腹を満たせるためだけの食事が提供されているのだとしたら考えものです。その場合は、極論すれば、家畜に飼料を遣るのと同じ発想と言えるからです。
一見すると食事付の寮は便利で親切に感じられるかもしれませんが、提供される料理の質は必ず吟味しなければなりません。食べ続けて問題のない質を備えているかについて確認が必要です。名目上の栄養バランスだけでなく、素材の質や使用されている調味料、味付けなども確認する必要があります。
イベントなどで弁当を単発的に食するくらいなら目くじらを立てる必要はありませんが、継続して摂取する食事については、料理について応分の配慮が必要となります。
食の重要性を理解する人々
嘗て、
また、ドイツでいう知識階級とは、あらゆる分野の質問に対し、当意即妙に答えられるものだと聞いたこともあります。
併せて考えると、知的水準が充分に高ければ、食事をおざなりにしないということです。それは、あらゆる分野についての見識を持つ知識階級は、食についても十分な見識があり、重要視もしていると理解できるでしょう。
リスク管理
流行りのダイエット法など、賛否は別として、ハイクラスのビジネスマン層から広がっている印象を受けるのも、同様でしょう。※
※ 実際のところ、マスコミが取り上げる情報は
リスク管理は知性の現れであり、食をおろそかにすることは大きなリスクの一つに他ならないからです。
将来の自分への投資
食事は将来の自分への投資です。美食という意味では無く、体を培うための食、生きるための食についてもっともっと考え、実行していくことが大切です。
過去の食事が今のあなたを作り、今の食事が将来のあなたを作ります。