障害者という属性を持った女性|一括りにして論じてはいけない

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「障害者」は一つではない

障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で19人が刺殺され、26人が重軽傷を負った事件で、容疑者が障害者らを「障害者」として十把一絡げにしていることが酷く気になりました。

当事件の容疑者だけでなく、一般に、様々な場面で、他人に対して安易にレッテルを貼ります。浮浪者、失業者、高齢者、引きこもりなどなど、社会的に何らかのハンデを負っている、社会的弱者と呼ばれる人々がその対象になりがちです。これらの概念、言葉の括りは極めて大雑把で、何かを論じるに当たっては、余りにも多様なものを含み過ぎています。

本題に取り上げる障害者もそのレッテルの一つで、一口に障害者と言っても、皆一様ではありません。

障害の種別からの分類

身体的な障害に加え、知的に障害を受けている人も居るでしょう。身体的には不自由でも精神生活は何の不自由もなく行うことができる人も居るでしょう。或いは、身体的には何の問題もないけれども、知的障害がある人も居るでしょう。

その全てを「障害者」のひと言で語ることはすこぶる乱暴なことに思われてなりません。

「障害者」という括りから離れて考える

以上は障害の種別で障害者を区分したに過ぎません。一方で、障害者の反対を健常者とするならば、健常者で認められるような区分も同様に存在するということです。例えば、人生に前向きな健常者、人生に後ろ向きな健常者が居るのと同様に、人生に前向きな障害者、人生に後ろ向きな障害者が存在します。

そして何か処方が必要とされる場合、障害者、健常者の区分では無く、人生に前向きであるか後ろ向きであるかで判断されなければならないこともあるということです。

「障害者」にとって障害者であることは属性の一つに過ぎない

要するに、障害者という括りの中に押し込めて考えてばかりいるのは不当だということをお伝えしたいのです。言い換えれば、「障害者」個々人に取って、障害者であることは単に属性の一つに過ぎないということです。

障害者であるということで、一定の制約があることは事実であり、そこから目を逸らしてはなりませんが、障害者であることを意識し過ぎるあまり、その他の要素を捨象して考えてしまうのは行き過ぎです。

家族との関係一つ採ってみても、健常者で家族からうとまれているもの、愛されているものがいれば、障害者で家族から疎まれているもの、愛されているものが居ます。これも障害者という括りでうんぬんされる事柄ではありません。

語弊を恐れず付け加えますと、従って、表現そのものの問題としても、容疑者が云う障害者は死んだ方が良いの「障害者」というのは、あまりに括りが大き過ぎるのです。

仮に障害者に死んだ方が良いと思われる者がいるとして、死んだ方が良いと思われる者は、障害者と言う括りで閉じられるものでは無いはずです。障害者に死んだ方が良いとされる者が存在するとすれば、同様に健常者の中にも死んだ方が良いとされる者が存在するということです。

個人的な見解・宗教観・倫理観として、この世に生を受けたもので、死んだ方が良いものが存在するとは考えていないことを申し添えておきます。


以下に障害者という属性を持つ女性との物語をお話しします。

私が出会った素敵な障害者

彼女は身体が麻痺してしまっているのか、杖をつきながら不自由そうに歩いていました。

以前住んでいた団地にある集合住宅でのお話しです。

ある時、私が帰宅して一階の集合ポスト前で手紙の新着の有無を確認していたところに、彼女は現れました。彼女は、不自由な体に懸命に力を入れ、体を揺らしながら四、五段の階段を上がり、1階にある自宅の前に到着しました。

私は、彼女は、呼び鈴を鳴らして、家族を呼び出すのだろうとと思い、代わってボタンを押してあげようとしました。

「押すんですよね?」

と声を掛け、押そうとすると、彼女は必死に押さなくて良い旨を伝えようとしていました。

彼女は独りできちんと出来るのです。

自分でできることは人の手をわずらわせたくないという意志の現れと理解し、私は「ごめん」のひと言を残して、自宅へ向かうべく階段を上がって行きました。

ところで、ここで言う人の手を煩わせないとは、私の手という意味では無く、家族の手です。私はあくまでも通りがかり、呼び鈴のボタンを押すことになんの雑作もありません。


その後、しばしば見かけることがあると、挨拶の声を掛けていました。移動に掛かる時間が大きく異なるので、たいてい彼女の居るところに私が通りかかるという形です。

挨拶をすると、言葉を発するのにも不自由であるにもかかわらず、声を絞り出すように「こんにちは」を返してくれていました。

私はと言えば、その様な時にも、社交辞令を済ませたかのように、そそくさとその場を立ち去るのが常でした。


或る時、私が集合住宅の入口脇にある資源ごみの回収場で仕分けをしながら、指定のパレットに缶や瓶などを収めていた時のことでした。作業していた私のそばを彼女が通り過ぎるということがありました。いつもとは異なるパターンです。

彼女はいつものように「こんにちは」と声を掛けてくれたのですが、注意力を欠いている状態だった上に、きょかれた形になった私は、狼狽ろうばいし挨拶を返すことができませんでした。

彼女の方から、挨拶の声を掛けてくれたことを嬉しかった半面、自分の不甲斐なさに怒りを覚え、反省しました。虚を衝かれたと感じた根っ子のところに、彼女が障害者であることに対する何らかの意識があるのではないかという疑念を自らの心に覚えたからです。それと同時に恥ずかしいと感じました。次に出会った時には、きちんと挨拶ができるようにしようと心に誓いました。


その後、挨拶の際に、まともに彼女の顔を見ていない自分に気付きました。とても失礼なことをしてきたと感じました。


改めて彼女に出会った折には、今度は、彼女の顔を見て、しっかりと挨拶することができました。彼女は思っていたよりも年を重ねており、自分より遥かに若いと感じていたのですが、実は案外と年齢が近いかもしれないなどと思いました。じっくり話をする時間が持てれば、楽しく会話ができたかもしれないと想像しました。

彼女に会ったのは、それが最後。その後まもなく、私は転居しなければなりませんでした。

車椅子で移動する姿や車椅子から降りてたどたどしく杖で移動する姿から、精神的活動まで推し量ってはいけないのです。身体は確かに不自由かもしれませんが、精神は遥かに自由なのかもしれません。

確かに彼女は障害者です。しかしながら、私は彼女を「障害者」という枠の中に押し込めていました。やがて、私は彼女を見い出したつもりになったわけですが、彼女は初めから私の傍にいました。つまり、そこにあるのは、彼女の側の問題では無く、私の側の問題です。

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