感動を与える仕事|同じ仕事でも取り組み方で変わる

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タクシー

一見すると誰がやっても同じだと思われている仕事が有ります。

果たして実際にそうなのでしょうか。

差異があまり認められないと感じられている仕事でも、取り組み方次第でより多くの付加価値を生み出し、人を感動させることができます。

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旅客業に見た心掛けの違い

旅客業では、人により気配りなど多少の差があることは知っていましたが、果たしてハッキリと感じられるほどの差が認められたことに驚きを禁じ得ませんでした。

第一話でタクシー運転手、第二話でバスの運転手に関しての出来事をお話しします。

心掛けの違うタクシー運転手【第一話】

いつものタクシーに乗り込もうとすると、いつもの運転手が

悪いけど、今日はあっちの車に乗ってやってくれないか。

奴ら俺の方が先に待っているのにってうるさいんだ。

営業努力の成果

顔見知りの運転手とはざっくばらんに話します。

「あのタクシーには乗りたくないんですよ。」

続けて

「『俺の車が選ばれるのは営業努力の成果だ』と言ってやってください!」

と私。

心掛け

舞台は或る団地近くの大通り。

道幅の割には交通量は少ない場所です。

駅まで歩くには少々遠いこと、比較的高級マンションが近くに多い場所なので、朝通勤客を狙ったタクシーが待機している処があります。

冒頭の運転手は個人タクシーの運転手で、車はきれいに磨き上げ、車内の掃除は行き届き、おまけに後部座席には敷物まであり芳香剤の良い香りが漂っています。

この際、個人タクシーだから10円運賃が安いというのは全く関係ありません。

運転手は勿論、皆が自分の車に乗りたがる理由は知っています。

ワンメーターだからって嫌な顔せずに、直ぐそこまででも乗ってくれるんだから、有難いって思えって言っているんだけれど・・・

彼らが「行き先が最寄りの駅だったらハズレ!」といったような会話を聞いたのではないでしょうか。

この運転手は個人タクシーの運転手ですから大ベテランです。

年齢的にはそれ程変わらない、同じ場所で朝待っている他のタクシー運転手と会話を交わすことがあり、親切心で心掛けを教えているのでしょう。

当時、まだ全車禁煙が義務付けられていない頃でしたから、

タバコを吸いたいなら、降りて外で吸えと言っているんですが・・・。

とお客さんに喜ばれるようにアドバイスをしていたようです。

ほうきとゴミ袋

この個人タクシーの運転手は、朝いつも自分たちが客待ちしている場所を箒で掃いていました。もちろんごみ袋も用意してありました。

車をきれいにしているだけでなく、自分が客待ちしている場所をもきれいにして客待ちしていました。

毎朝、同じ場所で客待ちしていれば、他の運転手が代わりに掃除している姿を見かけても良いと思うのですが、終ぞこの運転手以外が箒を持っているところを見かけませんでした。

仲間が毎日掃除していれば、「今日は代わります」の一言が自然に出そうに思うのですが、いかがでしょうか。してやアドバイスしてくれる先輩が掃除しているのです。

他の運転手たちの中には、車内でスポーツ新聞を拡げながら、その上に足を乗せ、裸足を水虫でもあるのかポリポリ掻きながら客待ちしているものもいました。裸足を掻いた手でお釣りを渡されたくはありません。この運転手の車に乗りたくないだけでなく、同じ会社の他の車にも乗りたくなくなります。

客を乗せる前から勝負は決しているのです。

乗り合いバス運転の作法【第二話】

或る乗り合いバスに乗っていた時の話です。駅にある始発の停留所から乗車し出発の時を待っていました。

運転手から清々しい声で出発の言葉が告げられると、バスは走り出しました。

やらされ感

乗り合いバスではよくあることなのですが、時折運転手から声かけがあります。例えば、降車客が無く、無人のバス停を通過する時。

ほとんどの場合、やらされ感ならぬ言わされ感が漂っており、言わなければならないから言っている、業務マニュアルにあるから従っているという雰囲気です。ですから申し訳程度にしか聞こえずあまり実効性があるようには感じられません。

ところが先日乗ったバスの運転手は様子が違いました。

右左折時や路上駐車中の車を避けるときなどに発する言葉。

右に曲がります。揺れますのでご注意ください。

といったアナウンス。

声の調子は去ることながら、言葉を発するタイミングや内容が非常に行き届いていたのです。どういうことかと言いますと、乗っている人に本当に注意を喚起しているのだと伝わってくるということです。

普段は残念ながら、言わなければならないから言っていると聞こえていました。つまり相手に届くか届かないかにあまり関心がないという印象です。おざなりに聞こえるのです。

目配り気配り

運転時の目配りもいていて、歩行者用の信号をきちんと見て運転しているようで、事前に信号が変わることを察知し早めのブレーキ。

バスの運転と言いますか、プロの運転作法に興味があるものですから、自分の運転の参考の為に常日頃からブレーキのタイミングや車線変更の仕方など運転の様子を注視しています。タクシーでも同様です。

普通の自動車に比べてブレーキは遥かに前もって踏まなければなりません。制動時の衝撃が大きいこと、乗客が居ることがその理由です。

ですから、急ブレーキは避けなければならないため、きちんと状況を見極めて運転をしないと、信号機付近で判断が難しい状況に陥ります。判断が難しい状況に陥った多くの場合、多少無理でも赤信号に際どい状態でそのまま突っ込んで通過してしまいます。

また、今回はクラクションを鳴らす場面に出会わせました。

バスの運転手がクラクションを鳴らすことはまれなのですが、注意深く前を観察していた筈の私もこの時には何が起こっているか分かりませんでした。

すると正にトラックの陰から、歩行者が出てこようとしていました。

この時も、注意深さ※に感心しました。薄暗がりで見えづらい状況に加え、クラクションのタイミングです。

贔屓ひいきの引き倒しと誤解されるといけないので補足しておきますと、歩道から出てこようとした歩行者に運転手が気付いて、私が気付かなかった理由には、視角の違いも勿論あるでしょう。

その後、必要に応じて乗客にアナウンスしながら安定した運転を続け降車する停留所に到着しました。

仕事の本質

一見するとあまり差を認められないように思われる仕事、人を感動させることが難しいように見える仕事の中にも顧客に最大限配慮した仕事をすれば、人の心を動かすことができるものなのだと再認識しました。

何か作為や仕掛けで人の心を動かすのではなく、仕事本来の性質をよく理解し、その全てをきちんと成し遂げることは十分な仕事となり、人の心すら動かすことができるものだということです。

少なくとも私はこの運転手の際立った仕事ぶりに感動すら覚えました。

全てに心を込める

いかがでしょうか。どんな仕事もやるならその全てをきちんとやることです。

慣れでおざなりな部分やなおざりな部分が出ると仕事の質が落ちるだけでなく、それが続くとその仕事に携わっている人間そのものの格が落ちます。

仕事のひとつひとつには意味があり、その一つでも欠ければ仕事は完結しないのです。

旅客業も単に人を輸送すれば事足りるわけではありません。細かいことにも心を配る常日頃の心掛けで、ようやく安全・安心・快適が担保されるのです。

内容こそ異なれ、これは全ての仕事に共通だと思います。