神のブレーキを持つ男に会いたい
限られた手掛かり
或る会社の社長から、神のブレーキを踏む運転手に会いたいので、連絡を取って欲しいという依頼が有りました。手掛かりは、乗車の際に受け取った領収書とメモした運転手の氏名だけです。
社長曰く
先日に乗ったタクシーの運転手のブレーキの踏み方が見事だった。その運転手に是非連絡を取って会いたい。なんとかその運転手に連絡を取ってもらえないだろうか。
手掛かりとして、領主書とメモしてきた名前がある。わざわざ、私があなたに頼むくらいだ。通り一遍のことは全てやってあると思ってくれよ。領収書が有るから、タクシー会社に電話してみたが、個人情報の保護とかで、この名前の運転手が在職しているかすら教えてくれない。
そこで何とかして欲しいというのが、今回の依頼だ。
社長の話は続きます。
神のブレーキ
更に運転手についての説明がありました。
今までタクシーには随分と乗ってきたが、タクシーの運転手と雖も、通常はブレーキを踏めば、多少の衝撃は伝わってくる。ところが今回の運転手はあまりにも見事だった。
全く以って、衝撃が伝わってこない。それは神のブレーキとも言えるものだ。間違いなく、相当な気遣いの出来る男だろう。是非、会ってうちの運転手に招き入れたいのだ。
運転手の方から連絡してもらう!
社長は、タクシー会社で張り込みでもしたらどうかというのですが、もっと効率的な解決方法を提案しました。
それは件の(くだんの)運転手から電話してもらおうという試みです。
2つの要素
今回提案した方法には2つの要素が有ります。
ひとつは、封書が開封されないで本人に届くようにすること、
もうひとつは、手紙の文面を、読んだ本人がこちらに電話したくなるようにすることです。
封書が開封されないで本人に届くためにしたこと
具体的には、
- 絹目の上質な昔ながらの正統的な封筒を用意
- 封書の宛名は丁寧に手書き
- 差出人は記載しない
- 封筒の表に「親展」と記載
これで他の者に封書を開封される気遣いは無くなります。
封書が開封されることなく、本人に届くわけです。
しかしながら、手紙が本人に届いても、こちらに電話をかけてもらえなければ意味が有りません。
手紙読んだらこちらに電話させるために用意したこと
手紙を読んだ神のブレーキを踏むタクシー運転手から電話をもらうために、封書の中身にも気を遣いました。
- 便箋も同様に縦書きの昔ながらの正統的なものを用意
- 手紙の差出人が誰であるかを特定できる情報を提供
差出人が社長所縁(ゆかり)の者であることが分かるようにします。具体的には、社長が乗車した日時、乗車場所、降車場所、経路、有れば交わした会話などを記載します。 - こちらからは電話連絡できない事情を説明
- こちらに電話をもらいたい旨を記載
- 電話をしたくなるような動機付け
幸いにして、「神のブレーキ」という強烈な印象を残す単語が有るので、これに絡め、相手を褒め、会いたい所以(ゆえん)を説明 - 電話の宛先を留守がちな私に加え総務部長を指定
このように電話を掛けてもらうために、状況説明、動機付け、そして電話がかかってきた場合に取り逃さないための手を打ちました。
演出という共通要素
上述の2つの要素、封書が開封されないで、本人に届くためにしたことと、手紙を読んだら、こちらに電話させるように仕向けたことに共通するのは、演出効果が大きいということです。
間違いであっても、封筒が開封されたりすることがないように、他に届いているであろう郵便物とは、一線を画するような体裁を心掛けました。
また、中の手紙も同様です。差出人の真剣度、差し迫った印象を意図しています。
手紙が届くだけでは不十分だからです。
実際に電話をするところまで、相手を突き動かさなければなりません。
その為には、通り一遍の手紙では、足りないわけです。
そこで、手紙の内容を吟味するだけでなく、体裁を整えることで演出したのです。
神のブレーキを踏む運転手から電話
経営企画業務で外出中に、総務部長に電話が有ったと報告を受けました。念のために、電話の宛先に総務部長を入れておいたのが功を奏したわけです。不在だった場合に何度も掛け直してくれるとは限らないので、万全を期しました。
運転手本人は、何か粗相(そそう)が有って、お叱りを受けるのではないかと思い、電話したと言っていたとのことですが、手紙の内容からして、その気遣いは無かった筈です。
神のブレーキといった褒め言葉にまんざらではなかったのだと想像しています。
こうして首尾良く目的は達成され、社長からは運転手と会う約束が出来たとの喜びの言葉をもらいました。